札幌地方裁判所室蘭支部 昭和40年(わ)222号 決定 1966年2月11日
被告人 M・H(昭二二・三・一六生)
主文
本件を札幌家庭裁判所室蘭支部に移送する。
理由
一、公訴事実の存否に関する判断
(当裁判所の認定した罪となるべき事実)
第一 被告人は、昭和三九年九月中旬頃の午前一一時過頃、苦小牧市○町所在の○木ビル内の当時の被告人の居室において、かねてから多少の付き合いのあつた○戸○栄(当時一六歳位)に対し、一緒に屋台店をやろうとか札幌へ行つてバーテンをやろうなどと誘い、同人からこれを断わられるや、「では六、〇〇〇円位貸して欲しい」「持ち合わせがなければ店から借りられるだろう」という趣旨のことをいつて金員の交付を要求し、同人がしきりと拒否したにもかかわらず、「やくざになるのが嫌なのか」とか「後でどうなるかわからないぞ。それでもよかつたらよいのだ」とか同人に不安の念を起させるような言辞を弄しつつしつように右要求を繰返して脅迫し、よつて、同人をしてもしこの要求に応じなければいつまでも被告人やそのいわゆる友達などからつきまとわれ、多少乱暴なことをされたりいやがらせをされたりするのではないかという困惑畏怖の念を抱かせ、その結果、同日午後二時頃同市△町所在のホテルト○コ○イ附近の路上において、同人から現金六、〇〇〇円の交付を受けてこれを喝取した。
第二 被告人は、昭和四〇年一一月○日午前二時過頃、同市□町×メ番地所在の○野○隆米穀店事務室において、右○野の所持する約束手形二通(○岩○介振出にかかる額面一〇〇万円のもの、および、○藤○松振出にかかる額面一〇万円のもの)を窃取した。
(右認定事実についての証拠の標目)
全部の事実について
一、被告人の当公判廷における供述(判示認定に反する部分を除く。)
第一の事実について
一、被告人の司法巡査に対する昭和四〇年一一月七日付供述調書(判示認定に反する部分を除く。)
一、証人○戸○栄の当公判廷における供述
第二の事実について
一、被告人の
(1) 検察官に対する同月三〇日付供述調書
(2) 司法巡査に対する同月六日付供述調書
一、(1) ○野○隆の司法巡査に対する供述調書
(2) ○野○隆作成の被害届
一、小西徳司の司法警察員に対する供述調書
なお、被告人は、右第一の事実について、○戸○栄に対し脅迫を加えたこともなければ、同人が畏怖して金を交付したものでもない旨主張している。そこで検討するに、たしかに被告人は、捜査段階から当公判廷におけるまで一貫して右主張に沿う趣旨の供述をしている。しかしながら、被告人が○戸に対し六、〇〇〇円という被告人らとしてはかなりの大金の交付を要求できるなんらの理由もなかつたこと、にもかかわらず同人がその要求に応じたのは被告人からあまりにしつようにいわれたからであることなどは、被告人自身も認めるところであり、また、表向きは「貸せ」といいながら被告人に返済の意思のなかつたことも、一年以上経過した現在においても現実に返済されていない事実から客観的に明らかである。そして、これらの事実と被告人の前記趣旨の供述とを対比して考えれば、本件金銭の授受が被告人の弁解するように単なる友人間の金銭の貸借として行われたものであるとは到底認められず、その意味で被告人のこの点に関する供述は信用できないといわなければならない。これに対し、証人○戸○栄は、当公判廷において、その記憶に若干あいまいな部分のあることは否定できないとはいえ、おおむね判示認定に沿う趣旨の供述をしており、これが全体として信用できないとみるべきなんらの根拠もなく、むしろ前記客観的な事実と一致してその真実であることが裏付けられている。とりわけ、同人が被告人から金員の交付を要求された際、その要求を拒否するについて不安ないし困惑畏怖の念を抱かせるような客観的な事情が存在したことを示すものとして、同人が被告人の要求を受けて直後に自己の雇主の妻に事情を話したところ、同女から「警察へ届けなさい」という趣旨のことをいわれたとする供述部分があるが、右供述部分が作り言ないし記憶の誤りとみるには余りにも具体的で、しかも供述の流れに対して自然であり、その意味でこれが信用できることはいうまでもなく、更にそのことから判示認定に沿う○戸の証言全体が信用しうるものであることもまた肯定されるのである。従つて、右証言によつて判示第二の事実は十分に認定でき、これに反する被告人の前記主張はこれを採用できない。
(前記認定事実に対して適用さるべき罰条)
第一の事実 刑法第二四九条第一項
第二の事実 同法第二三五条
併合罪 同法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条
二、被告人の処遇に関する判断
(罪質)
本件第一の犯行は、いわゆるタカリであり、その方法もいわゆる愚連隊ややくざなどの用いるものと似ており、その意味ではかなり悪質というべきであるが、被告人と被害者○戸○栄との間には一応の付き合いがあり、また、本件犯行に際して被告人が○戸に直接の強い危害を加えあるいは加えるような言動を示して脅迫した事実もなかつたことは明らかであるから、判示認定の事実が恐喝罪の構成要件に該当することは否定されないにしても、本件犯行が恐喝行為としては兇悪性の少ない、法の放任する限界に近いものであることもまた肯定されなければならない。次に、本件第二の犯行も、たしかに被告人が賍品である手形の割引に成功していたとすれば、財産的に非常に大きな実害を生じさせたであろうし、その態様も夜間の侵入盗という悪質なものではあるが、幸いになんらの実害も発生せず、賍品も被害者に返還されて外見的な犯罪の大きさに比してはその実質がさほど重大でないというべきである。
(被告人の人格)
被告人にかかわる少年調査記録によれば、被告人には従前にもかなりの回数の窃盗や傷害の非行歴があつて、そのため家庭裁判所調査官の観察に付されたこともあり、また、近時の生活態度一般も、あるいは定職にもつかずパチンコ店や盛り場を徘徊したり、やくざ団体に加入している者と交際したりして、著しい乱れをみせていることが認められ、更に、その性格面においても、他人と非協調的で攻撃性、衝動性という暴力団ないし暴力犯罪と親和性の高い点のあること、全体として社会適応性が低いと評価されるべきことが明らかである。しかしながら、このような被告人の反社会的な人格は、自身の素質的な欠陥ないし主体的な傾向によるものというよりも、次に述べるような保護環境の劣悪さ、すなわち暴力団に加入する父からはその悪影響のみ受けて家庭でのしつけを受けることもなく、更に実母は父と早くに別れて行方不明となり、父が転々として取りかえる女性を母として育ち、そのため中学生時代に非行を犯すに至るや、学校からも見放されてしまつたという外的な要因によつて形成されたと考えるべきものである。とりわけ、被告人が肉親はおろかほとんど何人の愛情も知らずに生育して来たということは、被告人のために大いに悲しむべきことである。
(保護環境)
本件各証拠を総合すれば、被告人をとりまく保護環境は、ほとんど最悪といつてもよいことが窺われる。すなわち、父は、露天商を営む関係で暴力団体に加入し、また各地を転々として暮し、また、継母は、父の四度目のいわゆる後妻であつて、被告人に対する保護能力はいずれも皆無であり、更に祖父あるいは伯父などの親族とも心の通い合う関係になく、それらは一部の者(例えば一八歳の叔母など)を除いては被告人を見放しており、一方、交遊関係も、父の影響もあつて、暴力団所属員ないしはその周辺にある者を主とし、こうした環境に被告人を放置しておけば、ますます被告人の反社会性が増加することは疑いをいれる余地がない。
(処遇)
そこで、以上述べた一切の事情を総合するとき、被告人を一定の矯正施設に収容して、被告人に自己の罪を自覚させその贖罪を行わせるとともに、強力な集団訓練により社会適応能力をえさしめるよう十分に教育する必要のあることは明らかである。しかし、前述のような罪質、被告人のこれまでの反社会的人格の形成が主として保護環境の劣悪さにあつたという事情、被告人がこれまでいわゆる試験観察に付されたのを除きなんらかの保護処分に付された経験すら持たないこと、また、未だ一九歳にも達していない若年の身であること、更には、警察官、家庭裁判所調査官、少年鑑別所技官ら本件犯行に関し被告人の取調ないし調査に当つた者が一致して中等少年院送致の処遇を相当としているという事情などを考え合わせれば、被告人を現在の段階で刑務所に収容することは未だ早きに失するものといわなければならない。いいかえれば、被告人に対しては、これを刑事処分に付するよりも前に、保護処分により施設への収容を行つて、その更生を図る余地が十分あり、かつ、それが望ましいと認められるのである。
三、結論
以上詳述したように、本件においては、少年である被告人を刑事処分よりも保護処分に付するのが相当であると認められるから、結局、少年法第五五条を適用して、事件を札幌家庭裁判所室蘭支部に移送することとする。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 松本時夫)
参考
受移送家裁決定(札幌家裁室蘭支部昭四一(少)八二号昭四一・二・一八決定報告四号)
主文
少年を札幌保護観察所の保護観察に付する。
理由
(罪となるべき事実)
当裁判所の認定した罪となるべき事実は、札幌地方裁判所室蘭支部の昭和四一年二月一一日付決定書(少年法五五条による移送決定の決定書)記載の「当裁判所の認定した罪となるべき事実」欄記載の事実と同一であるから、これを引用する。
(適用法令)
恐喝について刑法二四九条一項
窃盗について同法二三五条
保護観察について少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項
(処遇理由)
少年の本件各非行は、恐喝は典型的なたかりであつて、直接暴力を振わず、口頭で執拗にいやがらせを行なうという方法により、また窃盗は手形を盗んでその割引をはかるなど、その手口、態様において少年らしさがなく、当裁判所が少年を少年法二〇条により検察官送致したのも、この点を重視したことによるものである。ところで、札幌地方裁判所室蘭支部より、少年法五五条により移送があつたので、あらためて、少年の処遇について検討する。
少年は、幼時父母が離婚し、暴力団員の父親の許で育ち、十分の保護を受け得ないまま生長したが、中学校三年の昭和三六年万引などの窃盗を繰り返したため昭和三七年二月札幌家庭裁判所において家庭裁判所調査官の観察に付された。しかし、右非行後二年有半をほぼ大過なくすごしたので、昭和三九年二月右事件の回付を受けた当裁判所において、不開始の決定を受けた。その頃から、少年は、次第に暴力団関係者と交友するようになり、最近は定職に着かず、露店商の手伝いをしたりしていた。
少年には知的負因はないが、その不幸な生育歴から自己防衛的な構えが相当強く協調性に劣り、全体として社会適応性が低い。
これら事情を考慮すると、少年に対しては施設収容のうえその矯正をはかることが必要なようにも思料される。
しかし、前記のとおり、少年の前件非行は、本件非行よりも三年近く前のものであり、本件各非行も一年以上の間を置いて行なわれており、未だ少年に犯罪的性向が固定化しているとは認められず、また、従来少年の保護に熱意を示さなかつた父親も、少年の本件非行に対しては、審判廷、法廷への出頭をはじめ、勾留中の少年にも面会に行くなど、次第に自己の責任にめざめつつあり、また同人の暴力団との関係も事実上薄れて来ており、これら事情に、少年に対し従前試験観察によつて一応の成果が得られていること及び本件につき、少年が逮捕以来観護措置、勾留などによつてすでに一〇〇日以上身柄を拘束されており、このことが少年に対し一種の教育的効果をあげていることなどを総合斟酌すると、少年について、なお在宅保護によつて更生を期待することが困難なものとは思われない。
よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 町田顕)